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コンポジション

地味なブログです。お役立ち情報は皆無です。感じたこと、思ったこと、考えたことを、ぽつりぽつりと書いています。受け売りではなく、自分で考えたことを書くようにしています。嘘や誇張もできるだけないように、と思いながら書いています。写真も公開する予定です。

どうぞ、まっすぐ、みてください

小さくて大きな広告の話をします。

媒体は、テレフォンカード。広告主は、体の不自由な人の自立支援を行っているNPO「札幌いちご会」。コピーライターは、糸井重里さん。ビジュアルは、アンティークのサルのぬいぐるみ。よく見ると、サルの片一方の手はとれています。その写真に寄り添うように、キャッチフレーズとボディコピー。キャッチフレーズは、こうです。

どうぞ、まっすぐ、みてください。

ボディコピーは、肝心のテレフォンカードが手元にないので、記憶を頼りに書き起こしました。こちらです。

体の不自由な人と、もしばったり出会ったなら、目をそむけたりしないでください。すぐに駆け寄って手を差しのべることも、すこしだけ待ってください。その前に、まずは普通に、いつものように、どうぞまっすぐみてください。

(実際は、もっと柔らかくて親しみやすい文章だったと記憶しています。なるべくその雰囲気を再現したかったのですが……。記憶が曖昧なうえ、文章力不足で申し訳ありません)

僕は、体の不自由な人の苦しみがわかりません。わからないというのは、その苦しみや悲しさを想像できたとしても、それはあくまで想像にすぎず、ゆえに、簡単には言葉にできないという意味です。「大変でしょう」 たった数秒で言い終えてしまう「部外者」の言葉など、苦しみを一生背負っていかなければならないであろう重い現実に対して、あまりにもよそよそしく、軽く、そして薄っぺらです。

その一方で、体の不自由な人に特別な人として接するのか、と問われたなら、答えは「ノー」です。体の不自由な人の中にも、当然、好きな人と嫌いな人がいる。良い人もいれば、悪い人もいる。健常者に、好きな人と嫌いな人がいて、良い人もいれば悪い人もいるように。その意味において、両者は寸分も違わない。

体に障害があるという苦しみや悲しみは、言葉にできない。と、同時に体の不自由な人は、特別ではない。この「ねじれた」関係が、心の中で共存している。そのせいで、しばしば僕は、混乱し、言いよどみ、ふらつき、途方に暮れてしまう。

どうぞ、まっすぐ、みてください。

この言葉は、どうしろ、こうしろとは、ひと言も言ってはいない。考えること、思うこと、当然いろいろあるとは思うけれど、その前に、その大前提として、「まっすぐ、みてください」とだけしか記されていない。最終判断を受け手に委ねつつ、同時に「フラットであること」の大切さを(控えめではあるけれど)、しっかり掴まえている。

糸井重里さんは、大好きなコピーライターです。コピーをなんどもなんどもノートに書き写しては、勉強させてもらいました。システムノートに、文章を貼り付けて、暇さえあれば眺めていた時期もありました。

その糸井さんの数多くの作品の中で、今でも真っ先に思い出すのが、このコピーです。しかし、コピーの技術云々ではなく、広告の枠組みを超えて、大切なにかを教えてもらった、という意味で。人生のシステムノートがあるとするなら、その1ページ目はきっと「どうぞ、まっすぐ、みてください」です。