掌編小説
羊水に浸っていたのは、自分ではなかったのか、と思うことがある。 その日、東の海上から張り出した1014ミリバールの移動性高気圧が日本列島全体を包み込み、朝鮮半島の北西部では低気圧が発達しつつあった。 東高西低。「鯨の尾」と呼ばれる典型的な夏型の…
アライグマを見ていた。かれこれ10分はたったと思う。水あめを薄く溶かしたような小川の、苔むした石に腰掛けて、体のあちこちを一心不乱に洗っている。僕は彼の気を散らさないよう、そっと近づいて声をかけた。 「いったい、そこで、なにを洗っているの?」…
悟は、鳩が何羽いるのか数えていた。十羽目からは面倒になって、カフェテリアとテラスを隔てている「はめ殺し」の大きなガラス窓をぼんやりと眺めていた。それにしてもこいつらは四六時中なにを啄(つい)ばんでいるのだろう。毛虫? ポテトチップスの食べか…